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日本人とは?

 ケンジ先生は、今、『日本人はなぜ存在するか』(與那覇 潤 著)という本を読んでいます。。

日本人はなぜ存在するか
知のトレッキング叢書(與那覇 潤 著)


『日本人はなぜ存在するか』は、紹介文で『中国化する日本』で話題の著者による全く新しい日本人論。日本史、国籍、民族などに根拠はあるのか? 社会学、哲学、文化人類学など様々な学問的アプローチを駆使した大学の人気講義を活字化! とあります。

内容は、最初の方はは「教養」(大学の教養科のこと)の話とかであまり興味はわきませんでしたが、本題に入ってくると とてもおもしろくなってきました。

われわれ日本人が「私は日本人だ」と思っている根拠はなにか?

日本に生まれ、日本国籍をもっているから。

日本国籍をもつ父親または母親をもっているから。


と、誰もが”当然”と思い、思われることを言うのではないでしょうか?

curiosidades.jpg


そんな”常識”と思われることに疑問符を投げかけるのがこの本です。

與那覇氏によると、そもそも国籍なんていうものは、

参政権(投票する権利や議員などに立候補する権利)にしたって、戦前(1920年代)は日本に住んでいた朝鮮半島(当時は韓国と北朝鮮に分離されていませんでした)の人たちや台湾の人たち― つまり日本の植民地の人たち(日本の領土内に住んでいる)にも参政権があたえられていて(注:現住所主義という)、被選挙権も認められていたので朝鮮人で代議士になって者(朴春琴 パク・チュングム)もいたというのです!
そして、当然ながら、これら日本の植民地出身の彼らは”日本国籍をもっていた”のです!
(彼らの日本国籍は第二次大戦後のサンフランシスコ講和条約のおりに失効する=平和条約国籍離脱者

「日本人の定義」につて、著者は、

 国籍が日本である

 日本語を話して暮らす

 出自が『日本民族』である

 今、日本に住んでいる

の四つの指標を挙げた上で、15通りの「日本人」のパターンが存在するとしています。

「日本人」のさまざまなパターン
日本人のさまざまなパターン


そして、このパターンのうち、どこまでが「日本人」で、どこからが「日本人でなくなる」のかを決めれる基準はあるのか?
と問いかけています。

ケンジ先生も、帰国ブラジル人子女、つまり日系ブラジル人の子どもたちで、日本で生まれ、日本で教育を受け、しゃべる言葉は日本語、食べ物も日本食(必ずしも和食でなくとも、ふつう日本人が食べるもの)を食べ、日本の習慣や社会に慣れきってしまっている若者たちをいつも日本語学校で見て、接していますが、顔つきはハーフとかとかで少々日本人離れしているかも知れませんが、”まったく日本人”と変わりません。

kimono.jpg

japonesa.jpg


日本国籍とは?

ケンジ先生は、国によっては国籍というものの形に違いがあり、とくに日本のそれは戸籍をベースとした特有のものであるというような認識はありました。
この本では、さらに詳しく専門的に説明しており、「血統主義」「生地主義」という2つの考えがあり、それぞれ、子どもが生まれた場合、”親の国籍を引き継ぐ”というルール(血統主義)と”生まれた場所の国籍を得る”ルール(生地主義)があると述べています。

”日本で生まれたから日本人”ではなく、親が日本人(国籍有)だから日本人であり、日本が「血統主義」であることが分かります。
その反対に、ブラジルなどの南北アメリカの国々のように移民の国としてスタートした国では、「生地主義」の国が多いのです。
そのため、これらの生地主義の国で日本国籍をもつ両親のもとに生まれた子どもは二重国籍を有することができるわけですが、日本の国籍法(1984年に改正)では生まれた子どもが22歳になると日本の国籍かその国の国籍か、二つにひとつを選ぶことになっています。

そして、なぜ日本は血統主義を採用したのかについて、興味深いことを書いています。
上に述べた国籍法の改正(1984年)には、(日本が)血統主義を採用する理由について、『改正国籍法・戸籍法の解説』という当時の法務省の文書の中で以下のように説明。

”我が国は、古代統一国家成立以来単一の言語、文化、歴史を有する単一民族により構成される国家であって、この伝統に由来する「血統」重視の意識は我が国の社会に根強く...(中略)...国籍法における血統主義はこのような伝統、意識に基づくものであって、現時点においては、生地主義は一般国民の受入れるところはないであろう。”

と、日本ではたいへん「血統」を重視していることを説明しています。
国籍とは、外国人(他国籍)との違い、つまり、「私は外国人ではありませんよ」ということを証明するために作り出されたものだと言えるでしょう。
本では、明治維新以降、近代国家を作るために徴税制度や徴兵制度の整備・導入を急ぎ、その一環として(必要性から)戸籍の整備が行われました(1871年戸籍法、1872年壬申戸籍、1873年内外人民婚姻条規)。

1873年頃はまだきちんとした戸籍法はなかったのですが、外国人と結婚する日本人(今で言う国際結婚)が増え始めたことなどもあり、1873年布告の「内外人民婚姻条規
」によって”日本人タルノ分限”という概念をベースとしてようやく1899年に正式に国籍法(旧国籍法)が出来上がったというのです(歴史社会学者 喜本 伊都子氏の説)。
当時、ヨーロッパでは有名なナポレオン法典をはじめとして、民法典の整備が進んでおり、それらの中では国際結婚についてもふたつの大原則が設定されていました。

ナポレオン法典(Código de Napoleão)
Speyer_(DerHexer)_2010-12-19_051.jpg


一つは「夫婦国籍同一主義」というもので、これは①国籍が違う男女が結婚したら、妻が夫に合わせて国籍を変えて、夫婦が同じ国籍になるという原則。 そしてもう一つが、そこ(①)から自動的に帰結する、「父系血統主義」と呼ばれる原則です。

日本の国籍法にも当然、この2大原則が取り入れられましたが、一つ、ヨーロッパの民法と大きく違ったルールが設けられました。
国籍法によれば、外国人男性と結婚する日本人女性は妻が夫にあわせて日本国籍を失いますが、日本人女性が外国人男性を婿養子として迎え入れた場合は、夫は日本国籍を得れる、としたのです!
これは、このようなケースでは、その外国人男性(夫)は日本人の「家」に入ったのだからというのが、その根拠であり、これは日本特有の「家制度」をベースとしています。
この制度が発表された時、当時の欧米諸国にとっては聞いたことも見たこともない制度だったので、「日本政府は、我が国の男性を勝手に日本人にして取り込むつもりか?!」というまるで笑い話のようなクレームもあったとか。


日系人


ともかくも、”日本人とはなに?” と考えさせてくれる本です。
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水資源を大切に

 サンパウロ市の水不足はたいへん深刻になっています。

80数年ぶりという旱魃で南米最大の都市、サンパウロに水を供給するカンタレイラ複合貯水池の水量が不足しはじめたのです。 

大切な水資源

SABESP(サンパウロ州水道公社)は8月から底水(いわゆる volume morto)の利用をはじめましたが、雨の降り始める季節・春になっても降水量は少なく、このままでは今年の11月半ばには完全に干上がってしまうという予測まで出ています。

エルニーニョ現象の起こる年は、雨が多いとされていますが、専門家たちの間からは、それでもカンタレイラ水系の雨が増えるという保証はなく、3年連続の少雨となる可能性も高いという悲観的な意見も出ています。

また、「水道の使用量を上げた人には、罰則などを課して料金をあげるべき」との議論も起きたが、ジェラルド・アウキミン聖州知事は先週、水道使用量が増えた家庭への罰則を適用しないと発表している。

カンタレイラ貯水システムの様子(7月ころ)
カンタレイラ貯水システム

カンタレイラ貯水システムの様子(8月末ころ)
カンタレイラ貯水システム1

USP(サンパウロ総合大学)の気象観測研究室の記録によれば、1933年に始まった観測以来、月平均降雨量の最少記録は2008年7月の0,4ミリで、10年1月の653ミリが最高記録だという。気温は今年1月と2月に記録した36,1度が最高で、1942年と1955年のマイナス1,2度が最低。例年では4月から9月までの月間降雨量が50ミリを切っているが、このまま10月まで降雨がなければ貯水池の地下水層が枯渇することも十分考えられる。(サンパウロ新聞7月31日記事より)

地理的に水にめぐまれているブラジルでは、昔から生活の中でも気にせずに水をふんだんに使う習慣をほとんどの人がもっていました。

水の浪費

しかし、資源はいつか枯渇(なくなる)し、水の惑星といわれる地球でも飲料に使える水はわずか0.8パーセントしかないと言われるほど有限で貴重なものなのです。

水の惑星

地球は表面の約70%が水に覆われ、容積にして14億キロ立方メートルの水があります。 宇宙空間に浮かぶ地球は、まさに「水の惑星」といえるでしょう。人類の生活は、水に依存していますが、この地球を宇宙から見る限り水不足には縁がないように思われます。しかしながら地球表面にある水の97%までが海水なのです。海水は飲料水にも生活水にも、そのままではまったく適していません。つまり地球上の60億の人間が、地球上の3%の水に頼っているのです。この3%の水も、その70%が南極や北極の氷や雪として、他にも水蒸気などそのほとんどは 現実に使用不可能な状態で存在しています。これらを差し引くと、私たちが生活に使用できる水は河川水、湖沼水、地下水を合わせ地球上の水のわずか0.8%に過ぎません。地球上のすべての生物とわかちあって水を共有するということになると、人類が使える水はより少ないことになります。
(サイト:JWGジャパンウォーターガード/水の学習室より引用)

長い間に身についた習慣というものを変えるのは簡単ではなく、そのためにはガマンとか辛抱とかも必要ですが、大切な水資源を守るためにも、私たちの生活の中で何をしたら水を節約できるか、ということを考えて実行しましょう。


”水は無限にあるもの” という考えをあらためなければならない
水の浪費3

漏水などもしっかり管理・修理する必要がある。
(ブラジルでは水道局が供給する水の50%が漏水などで失われると言われる)
水の浪費1

日常の中で水を節約できる場合がかなりある
Desperdício-de-Água

シャワーは電力と水の両方を使う。時間を決めてあびよう。
水の浪費4


それと、やはり家電メーカーやトイレ機器メーカーは、日本などの節水先進国のメーカーを見習って、さらに水を節約できる製品を考案して販売してほしいですね。

日本の洗濯機  

節水トイレ

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